会社役員の退職金がもらえなかったら?請求する方法とあわせて解説
役員には退職金をもらえないトラブルがある
会社の役員が退職金をもらえないというトラブルが頻発しています。
もし従業員の立場ならば、退職金規程があれば退職金をもらうことができます。
また、従業員は労働法によって手厚く守られてもいます。
したがって、従業員が退職金をもらうのは比較的容易だといえるでしょう。
これに対して、役員は退職金をもらうのが難しいのです。
役員が退職金をもらうためには、定款の規定か株主総会決議が必要です。
また、株主総会決議で具体的な金額などの決定を取締役会に一任した場合は、取締役会決議も必要になります。
役員の退職金のことを退職慰労金とも言いますが、役員が退職慰労金をもらうためには、従業員のような規程があるだけでは足りないのです。
役員は、株主や他の取締役の協力がなければ、退職金をもらえないことになります。
株主や他の取締役の協力といっても、簡単には得られないことがあるでしょう。
日本の会社のほとんどが、実質的には個人商店と変わりがない、同族的な小規模閉鎖会社であると言われています
支配株主=代表取締役のことも少なくなく、ワンマン経営者が会社を独断的に支配していることも多いのです。
取締役に目を向ければ、従業員の立場も兼ねている使用人兼務役員がとても多くいます。
使用人兼務役員は、役員とはいっても結局は従業員に過ぎません。
そうなると、オーナー社長には頭が上がらないでしょう。
このような状況下で、退職慰労金をもらうために株主総会決議や取締役会決議をしてもらうのは大変なことです。
ひどい場合には、ワンマン経営者の気分次第で役員が退職金をもらえなくなることがあるかもしれません。
こうして、退職慰労金をもらえない役員は不満を募らせることになり、退職慰労金をめぐる紛争が生じることになります。
役員が退職金をもらうための原則的な要件とは?
役員が退職慰労金を支給してもらうための要件を確認しておきましょう。
退職慰労金は、在任中の職務執行の対価を後払いするものと捉えられています。
つまり、後払いされる報酬の性格があるというわけです。
そうすると、退職慰労金は会社法361条にいう「報酬」に含まれるので、具体的な金額等の一定の事項を、定款か株主総会決議で定める必要があります。
こうして、わざわざ株主総会決議が必要になるのは、取締役が報酬を自由に決めてしまうと、過大な報酬額を設定して会社に被害を生じさせるという、いわゆるお手盛りの弊害があるからだと考えられています。
さて、実際のところは、定款で退職慰労金について定めることはほとんどありません。
役員の退職金は、株主総会で決めるのが一般的です。
さらに言うと、個々の役員の退職慰労金額を知られたくないことなどから、株主総会ですべて決めてしまうのではなく、取締役会決議に一任することがよく行われています。
そうなると、役員の退職金をもらうためには、株主総会決議と取締役会決議の両方が必要になります。
従業員の場合であれば、規程があれば退職金をもらうことができるので、株主総会などを開く必要はありません。
こうして役員の退職金をもらうための要件を見てくると、従業員の退職金に比べてかなり厳しいことがわかります。
もし、株主総会決議か取締役会決議のどちらかが欠けていて、役員が退職金をもらえない場合には、諦めるしかないのでしょうか?
何らかの請求権があれば、裁判でそれを主張していくことができそうに思えます。
しかし、退職慰労金請求権が発生するのは、定款または株主総会決議で具体的な金額が定められたときと考えられています。
さらに、取締役会決議が必要な場合は、退職慰労金請求権も、取締役会決議があってはじめて発生するとされています。
結局の所、役員が退職金をもらうためには、株主総会決議と、場合によっては取締役会決議も必要になります。
役員が退職金を支払ってもらえない場合とは?
ここまでで、役員が退職慰労金をもらうためには、株主総会決議と取締役会決議が必要なことを確認しました。
役員が退任して、トラブルなく決議を経て退職慰労金をもらうためには、株主と他の役員の両方と良好な関係になければ難しいと言えます。
しかし、役員の退職慰労金は多額のお金が関わることから、容易に争いの種になってしまいます。
対立が生じた場合に、相手の側は、あらゆる手段で退職慰労金を払わないようにしてくるでしょう。
たとえば、ワンマンな社長が支配株主でもある場合はどうでしょうか?
いつも顔色をうかがっていても、ちょっとしたことで気分を害してしまうかもしれません。
そうなると、株主総会決議など期待できなくなってしまいます。
会社オーナーがケチな場合も困ったことになります。
退職慰労金を惜しんで、株主総会で支給決議を否決してくることもあるでしょう。
会社の支配権争いがある場合など、他の役員と対立している場合も困難が生じます。
せっかく株主総会決議を通過しても、取締役会で退職慰労金を減額されたり、支給しないことにされたりするかもしれません。
家族経営の会社でも安心はできません。
後継者争いや相続の争いなどを通じて、親子間や兄弟姉妹間でも対立が生じることはよくあります。
そのような場合には、株主総会決議や取締役会決議を得るのが難しくなるでしょう。
このように、役員の退職金をもらえない場面は色々と生じる可能性があります。
従業員の退職金と違い、役員の退職慰労金を支払わないようにするのは比較的容易にできてしまいます。
そうすると、制度を悪用されて役員の退職金をもらえないようにされてしまったら、諦めて泣き寝入りするしかないのでしょうか?
退職慰労金については裁判になることも多いのですが、裁判所は退職金をもらえなかった役員の救済を図っています。
次からは、役員側の主張が認められて救済されたケースを紹介していきます。
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役員が退職金を請求するための方法
退職金をもらえないで困っている役員が、裁判を起こして請求していくことが多くあります。
ここでは、いくつかの場面に分けて裁判例を見ていきましょう。
従業員を兼ねている場合
従業員は、退職金規程があれば退職金をもらうことができます。
しかし、役員は退職慰労金規程があるだけでは足りなく、株主総会決議等が必要なのでした。
会社の現実を見てみると、役員とは名ばかりで実態としては従業員と変わらない場合があります。
従業員だったら退職金をもらうのは容易なのに、役員になってしまったために厳しい要件を課せられて退職慰労金をもらえないのでは不公平です。
そこで、従業員としての退職金を請求していくことが一つの方法として考えられます。
そうすると、従業員に当たるのかどうかの基準が重要になってきます。
従業員性を判断する基準については、東京地裁平成24年12月14日判決などが言及しています。
裁判例では、取締役が従業員に当たるのかどうかは、「会社の指揮命令の下で労務を提供していたかどうか、報酬の労務対価性、支払方法、公租公課の負担等の有無を総合して判断する」などと示されています。
これらの事情を総合的に考慮して、取締役といっても実態は従業員と言えるような場合には、従業員として退職金を請求できる可能性があります。
株主総会決議がある場合
東京地裁平成6年12月20日判決
株主総会決議で、退職慰労金の具体的な金額・支払時期・支払方法などの決定を取締役会に一任することがあります。
株主総会決議自体に問題はなくても、取締役会決議が行われなければ退職慰労金はいつまでたってももらえません。
そのような場合には、他の取締役に責任を追及していくことが考えられます。
東京地裁平成6年12月20日判決は、取締役会決議を行わずに放置した取締役と会社に対して、5,000万円を超える損害賠償を命じたケースです。
事案の概要は以下のとおりです。
原告は会社の代表取締役だったのですが、退任するときに株主総会で、退職慰労金を支給し、その金額は取締役会決議に一任するとの決議がされました。
しかし、原告が代表取締役を退任しても取締役会決議は行われず、1年ほど後に支給時期を問いただしても、やはり取締役会決議は行われませんでした。
結局、被告の取締役たちは任期満了に至るまで何の取締役会決議もしませんでした。
その後に行われた取締役会決議では、原告に退職慰労金を支給しないことが決議されています。
このケースでは、取締役会決議で支給しないことが決議されてしまったので、退職慰労金を請求していくのは難しくなっています。
そこで、取締役会決議をしないで長期間放置したことが任務懈怠に当たるとして損害賠償を請求しています。
裁判所は、原告の主張を認め、多額の損害賠償を命じました。
このように、株主総会決議があっても、取締役会決議をしないで長期間放置されたような場合には、一つの方法として損害賠償を請求していくことがあります。
東京高裁平成20年9月24日判決
株主総会決議があった後、取締役会決議が行われないで放置されていると、株主総会決議が撤回されてしまうことがあります。
そのようなケースでも、退職慰労金の請求を認めた裁判例があります。
この裁判例の会社では、株主総会決議で、退職慰労金内規に従って金額・時期・方法等を決定することが取締役会に一任されました。
しかし、取締役会決議が行われずに1年以上が経過し、臨時株主総会で退職慰労金支給決議が撤回されてしまいました。
ところが、この会社で以前退任した役員には、内規によってそれぞれの役位に応じて年数に定額を乗じる計算方法で計算された金額の退職慰労金(基本的部分)が支給されていました。
また支給時期は、退職慰労金内規によって、原則として株主総会の決議後1か月以内とされていました。
裁判所は、会社の内規によって基本的部分は自動的に算定されるから、取締役会で金額を増減する裁量の余地はなく、基本的部分の退職金は株主総会決議によって確定的になったと判断しました。
そして、取締役会決議に委ねられたのは、功労加算をするかどうかという点と、1ヶ月以内に支給するという原則を変更するかどうかという点に過ぎないとしました。
結局、基本的部分は取締役会決議がなくても支給することに確定したのだから、その後に一方的に撤回することはできないとして、退職慰労金の請求を認めました。
この裁判例のように、株主総会決議の後に取締役会決議がなくても、退職慰労金を請求できる場合があります。
株主総会決議がない場合
京都地裁平成4年2月27日判決
株主総会や取締役会が一度も開かれたことがないような代表取締役のワンマン会社でも、退職慰労金の請求を認めています。
本来であれば、株主総会決議がなければ役員は退職金をもらえないのでした。
しかし、そもそも株主総会も取締役会も開かれないようなワンマン会社では、役員は絶対に退職金をもらえない結論になってしまい不当です。
裁判所も、このような場合には役員を救済しています。
この裁判例の会社は、株主総会も取締役会も開かれたことがなく、株主は全員が代表取締役の影響下にあるというワンマン会社です。
会社の意思決定はすべて代表取締役が行うのが、この会社の通常の意思決定方法でした。
そして、代表取締役から退任した役員に対して、内容証明郵便によって、退職慰労金の金額が3,000万円であることや未払退職金として計上されていることなどの通知がされていました。
また、会社は損益計算書にその未払退職金を計上し、それに基づいて法人税の申告も行っています。
このような状況下では、株主総会決議が行われなかったという手続違反だけを理由に退職慰労金の請求を拒絶するのは、衡平の理念から許されないと裁判所は判断し、原告側の請求を認めました。
ワンマン会社で株主総会決議も取締役会決議もしてもらえないようなケースでも、退職慰労金を請求できる可能性はあります。
東京高裁平成7年5月25日判決
株主総会や取締役会が開催されないワンマン会社で、代表取締役と取締役の間で退職慰労金を支給するという合意がされる場合があります。
しかし、後に生じたトラブルによって支払ってもらえなくなることもあります。
この事案では、退任する取締役を被保険者とする生命保険の解約返戻金を退職金とする旨の合意が、代表取締役と取締役の間でされていました。
しかし、株主総会決議は行われていないので、支給を拒めるか問題になっています。
取締役の退職慰労金を決定するのに株主総会決議が必要なのは、お手盛りによって過大な金額を設定して株主を害することを防ぐためでした。
問題になった会社は同族会社で、代表取締役は主要株主として、実質的に一人で会社を運営してきました。
そうすると、実質的に株主としての権利を行使するのがただ一人で、その一人の株主によって退職慰労金の額が決定されたのならお手盛りは防止され、株主総会決議がなくても、決議があったものと同視してよいと言えそうです。
裁判所もそのように判断し、このようなワンマン会社で株主総会決議がないことを理由に退職慰労金の支給を拒むことは許されないとしました。
退職慰労金を支給する旨の合意があると言えるような場合には、株主総会決議がなくても退職慰労金を請求できることがあります。
佐賀地裁平成23年1月20日判決
役員に任用される際には退職慰労金を支払う旨を説明されていても、実際に退職するときにはトラブルに巻き込まれて退職慰労金を支払ってもらえないことがあります。
この裁判例では、過半数株式を有する代表取締役が、原告を役員に任用する際に、退職する際には内規に従って退職慰労金を支給する旨の説明をしていました。
しかし、後に原告を株主総会で解任し、その後の株主総会では、当初の説明に反して退職慰労金支給決議を自ら主導して否決させています。
退職慰労金を支給する旨の説明をした代表取締役は、過半数を超える株式を有しているので、退職慰労金の支給決議を実質的に決定できる立場でした。
そして、支配的な立場を利用して、自分の説明に反して不支給にする決議を主導しています。
裁判所は、このような場合には、原則として退任した取締役に対する不法行為責任を負うと判断しました。
結局、退職慰労金に相当する額の損害賠償を認めています。
このケースのように、役員に就任する際に退職慰労金を支給する旨の説明があった場合にも、何らかの請求をできる可能性があります。
取締役会で減額がされた場合
東京地裁平成10年2月10日判決
取締役会決議はされたものの、役員退職慰労金規定よりも低い金額の支給決議がされることがあります。
この裁判例の会社では、原告の退職慰労金は、規定によれば最大2,000万円ほどになるはずでした。
ところが、取締役会決議では退職慰労金を500万円とする決議がされてしまったので、既に受領した250万円との差額の約1,750万円を請求しています。
裁判所は、株主総会決議で取締役会決議に一任した趣旨は、規定によって退職慰労金を支給する趣旨であると認めました。
その上で、一定の支給基準が存在して、それに従って定めるという一任の趣旨に反する取締役会決議をした場合には、決議をした取締役らは不法行為責任を負うとしています。
結論として、差額に当たる約1,750万円の請求が認められています。
取締役会決議で不当に退職慰労金を減額されてしまった場合でも、本来もらえるべき金額を請求できる可能性があります。
いくつかの裁判例を紹介してきましたが、ここに挙げたのはほんの一部に過ぎません。
ここに掲載できなかった判例でも、役員が勝訴したケースは多くあります。
大まかに言いますと、役員が退職慰労金をもらえないのがあまりにひどいような場合には、裁判所はいろいろな理由を考えて適切な解決を導こうとしています。
裁判所が救済してくれるようなひどいケースはどういった場合なのか、あるいは、何とかして退職慰労金をもらうための理由を付けられるのはどういった場合なのか、という判断は専門家でないと難しいところがあります。
退職金をもらえないで困っている役員の方は、専門の弁護士に相談することをおすすめします。
まとめ
この記事では、役員の退職金がもらえないというトラブルが起きていることを見てきました。
そして、退職慰労金をもらうための要件を確認し、トラブルに巻き込まれた役員が請求をしていった裁判例を紹介してきました。
役員の退職金をもらうのは、会社のために長い間一生懸命に働いてきた人にとっては正当なことです。
ところが、何とかして退職慰労金を払わないで済ませようとするオーナー株主やワンマン社長の前で、非常に弱い立場の役員は退職金をもらえずに苦しんでいます。
人生の大切な時間を会社のために捧げてきたのに、退職慰労金を奪われて生活設計を狂わされるのではあまりに酷です。
かといって、どのように退職慰労金を請求していけばよいのかわからずに途方に暮れている方も多いと思われます。
退職慰労金の請求は、複雑な法律や判例を理解しなければならず、自分だけでするのは大変に難しいことです。
しかし、一人で悩んでいても問題は解決しません。
退職慰労金をもらえずに困っているときは、退職慰労金請求を専門的に扱って知識を蓄えている弁護士に相談するのが、問題の解決に向かうための第一歩だと考えられます。
まずは、諦めずに相談することからはじめてみましょう。